私はアニメをよく見るけれども
実はちょっと特殊な見方をしている
それはね。
「キャラクターは全員、俳優」
って視点で見てること。
どういうことかっていうとね。
どんなキャラクターでも作品である前に「俳優」なのよ。
人間がやるドラマも、名前や性格は違くても1人の人間だよね。
そういうこと。
例えば、トイストーリーってNG集がエンドロールにあるじゃない?
あんな感じ。
名前と役名と性格はだいたい一緒でも、実は俳優が演じて作品が出来上がる。
今回で言うと。
「黒子のバスケ」
主人公は、黒子テツヤでバスケットをやっていて性格もそのまま。
でも「ミスディレクション」や「ファントムシュート」は作品の中だけで、効果やカメラワークで「魅せているだけ」
青峰くんと火神くんも同じ。バスケットをやっていて性格や言葉遣いも作中と同じだけど、いわゆる「ゾーン」は演技。
赤司くんも二重人格者を演じているだけで、実際は普通の高校生俳優。
そんな感じの視点で見ている。
だから、「きっといっぱいNG出したんだろうなー!」とか妄想してるw
こうやって考えると、エンドカードも「撮影」ってことにして妄想すれば、敵同士が仲良かったり、服装を自由に変えても違和感ないし逆に面白いw
ちょっと小っ恥ずかしいエンドカードも、撮影ってことにして周りにいるスタッフの中に赤司くんとかが笑いを堪えて見守ってたりしたら超面白いよね!!
ファンタジーな作品でも、テニプリみたいな「ありえないでしょ・・・」みたいなシーンもそうやって見るとめちゃくちゃ面白いw
そして、こういう考え方をすれば、好きなキャラクターがもし死んでも「実は死んだって役なだけで生きてるんだ」って涙を堪えることができます・・・。
むしろ「クランクアップ!おめでとう!ありがとう!」と思うことにしよう。
だから、カウボーイビバップのスパイクは死んでない。
カットがかかった瞬間、ビシャスとジュリアが「派手に転んだな・・」「最後の"バーン"良かったわよ!」とか言って「痛ぇのを堪えるのが大変だったぜ」って話してるんだ。
ジェットとフェイとエドも「打ち上げ行くわよ〜!」とか言って肩鳴らしてるはず。
ヒロアカのトガちゃんも死んでない。
カットがかかった瞬間、お茶子ちゃんと起き上がって「お疲れ様ぁ〜w」って笑顔で言っているに違いない。
そういう妄想をして、強く・・生きよう・・・(涙)